2012年4月16日月曜日

夏の大会に向けて頑張れ!!秦野シニア


 15日秦野シニアは富士シニアとオープン戦を行った。
 3,2年生チームは富士シニアに遠征に出向き、1年生チームは土屋グランドに富士シニアを迎えた。

 今年の秦野シニアは3年生が2人と言うことで2年生中心のチームです。昨年チームを預かる井関監督は2年生中心のチームですから50連敗も覚悟してくださいと保護者には伝えていた。 しかし、本心は負けてたまるか!!2年生でも一つでも上を目指して日々指導してきた。
 最近、私が感じる事がある。2年生に甘えがあるのではないか??と少し不安になる時がある。
 自分たちは2年だから「負けても仕方ない」と思っては居ないか??と・・・・・・・・・・・・
 2年生には期待をする分向上心を忘れずに、夏の大会では一つでも多く勝って上を目指して欲しい。


富士の頂上目指して、頑張れ秦野シニア!!

2012年4月14日土曜日

秦野斎場について

現在の秦野斎場は昭和五十一年九月に稼働を開始した施設です。


 開設当時は、火葬室、炉前室、拾骨室、事務室などを配置した本館と待合室を三室設けた待合棟で構成され、ご遺体を無煙・無臭にて完全燃焼するための灯油バーナーを利用した火葬炉が三炉設置されていました。 その後、平成五年に火葬炉を二炉、平成九年に待合室を二室増設し、また、平成十九年には待合棟の歩廊をロビー化するなどの改善が図られて来ました。

現状では、日々の管理や修繕により大きな支障もなく使用しているとのことですが、稼働開始から既に三十五年の歳月が流れ、主要な部品が入手困難になるなど火葬設備の旧式化や塗装、防水、空調設備などの老朽化等々、様々な課題が生じております。また、火葬件数に関しては、平成十二年度は千四百九十二件であったものが、平成二十二年度には二千百十四件となり、毎年約四%強の増加が生じており、このまま火葬件数が増加すると平成三十年度には現在の火葬炉数五炉では対応しきれなくなることが予想されています。

そのため、同斎場を管理する秦野市伊勢原市環境衛生組合では、これらの課題に対処するため、斎場の改修を計画しており、将来の火葬件数の増加を予測した火葬炉の増設や周辺環境に配慮した設備の採用、既存施設の有効利用など、様々な角度からの検討を始めました。火葬炉の旧式化や火葬件数の増加などを考慮すると、速やかな事業の推進が求められるところですが、施設の計画に当たっては、創意工夫による経費の削減にも心掛けていただきながら最後のお別れの場としてふさわしい施設造りを進めてほしいと思っています。

ラジオ体操を教育せよ!!

日本のラジオ体操は大正十四年三月にアメリカのメトロポリタン生命保険会社により健康増進・衛生思想の啓蒙を図る目的で考案され、広告放送として放送されていた世界初のラジオ体操が基となっています。同年、保険事業の視察で訪米した現在の株式会社かんぽ生命保険の猪熊監督課長がアメリカでのラジオ体操を知り、日本に帰国したのち、日本でもラジオ体操を行う事を提案しました。昭和二年にラジオ体操を行う事を決定、昭和三年に簡易保険局を中心に日本放送協会、文部省等の協力の下制定し、同年11月1日に天皇の御大典記念事業の一環として放送を開始しました。日本で最初の考案者は体育学者の大谷武一で正式名称は国民保健体操です。NHKで放送を担当したのはラジオ体操のために採用された元軍人の江木アナウンサーで彼は初回からブリーフパンツ一枚で、マイク前で体操をしていましたが「照宮成子内親王もラジオ体操に御執心なり」と聞き及ぶや濃燕尾服に蝶ネクタイを締め、正装に身を包んだ上で放送に臨むようになり、実際の振り付けは郵便局員が全国に周知した歴史があり、現在の体操は三代目で過去二度改訂が行われています。


 私たちの子供の頃はラジオ体操と言えば、体育の授業の始まりと共に行われ準備体操といえばラジオ体操で、子供会では、夏休みに子供達の生活が乱れないように朝六時半にはラジオ体操を行っていました。
 しかし、現在では毎年夏の風物詩になっている子供会のドッチボール大会で行われている準備体操のラジオ体操はとても立派ですと言い難いものです。
 教育委員会に市内小中各学校でのラジオ体操の実施状況を問いただしてみると小学校では六校、中学校では三校でした。

 社会に出ても就業前にラジオ体操をする職場も多い事などから全校でラジオを教育することを訴えました。

2012年4月13日金曜日

日本会議地方議員連盟 総会


13日日本会議地方議員連盟総会が参議院会館で行われました。

総会に先立ち来賓にお招きした日本会議・国会議員懇談会会長の平沼赳夫先生と高橋史郎・明星大学教育学部教授よりご挨拶を頂きました。
平沼先生からは人権擁護法案の危険性や憲法改正に向けて地方からの風を期待していることを力強く御訴えになっていました。
高橋教授からは「親学」の推進を進められました。
発達障害やそれに似た「気になる子」を少しでも少なくするには、まず家庭教育における親の教育力向上が必要である事を訴えていました。

一部の講師には慶應義塾大学講師で、旧皇族・竹田家に生まれ、明治天皇の玄孫に当たる竹田恒泰先生の「女性宮家」創設は皇位継承と切り離せない。と題し講演を頂きました。
女性宮家の必要性を天皇陛下の公務が忙しすぎるので女性宮家を創設と言っているが、陛下のお仕事の代行者としてなれるのは皇太子とごく一部秋篠の宮様だけであって女性宮家を創設しても全く公務の軽減にはならない。
そして女性宮家創設はイコール一般男性が皇族になることで皇室の2672年の歴史の中では一度もそうしたことはない。
男系男子で皇位を継承してきた歴史を女性天皇や女系天皇に繋げ伝統を破壊しようとしている。
羽毛田長官の言葉が大御心の用に語られているが、その事は国会において有村先生が論破している。
皇位継承者の減少を打破するには旧皇族を活用するしかない。
旧皇族の男子は現在9名いるそうです。その方々を養子にしたり、その子供を養子に迎えたり、または皇族復帰などこの事が一番現実味がある。過去においては宮家が増えすぎると減らしてきた過去がありますので、今度はその逆をすることで解決する事が大切であることを教わりました。


総会の本題では人事案件や活動報告がされました。震災対策、尖閣問題、人権擁護法案、教科書問題など・・・・・

2012年4月10日火曜日